L to R

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『LIONのRION』

彼は優秀だった。もはや彼の右に出るものはいない。

彼はどんどん欲しいものを手に入れることが出来た。

それがたとえ他人の所有物であったとしても。

左に傾いた格好をしている彼はLIONとLEFTの頭文字をとって

“L”と呼ばれた。

“Rion”という本当の名前もあったのだが、それを呼ぶものはいなかった。

Lは、その優秀さから尊敬もされた。と、同時に恐れられていた。

たくさんのものを得ることが出来る彼は、周りから疎ましがられたりもした。

きっと幸せな生活をしているに違いないと思われていたからだ。

でも、Lの心は満たされていなかった。

いくら富を得ても、名声を得てもいつも足りないのだ。

全然ない。まだまだ足りていないからだと思っていた。

いつの頃からだったのだろうか。

最初は満足していたはずだった。

彼は、ものを得るために頑張ってきたのだ。

右側の腕は傷だらけになり、右足の裏にはいつも魚の目があった。

その頑張りの代償は、いつしか彼の体の歪みを生んでいた。

そうやって頑張って、苦労の上に成り立った獲得する行為。

それが正しいはずだった。

いや、正しいに違いないのだ。

彼は、左側に見える景色が気に入っている。

気に入っているのだ。

止まるやつは、馬鹿だ。

そう言って彼は走り続けた。

得ることが正義。正しい道だった。

そんな日々を過ごしていた時、ラジオからあるニュースが流れてきた。

「100年後に予想されていた氷河期が、どうやら来週やってくるようです」

彼は、脱力した。

氷河期ともなれば、今まで得てきた財産も、名声も何の意味もなくなる。

何もなくなった…。

彼は、どっかりと椅子に倒れ込んだ。

しばらく椅子から動けなかった。

そんなことは初めてだった。

頭が真っ白になって、彼は昔のことを思い出していた。

そういえばこの右腕、ステーキ店の新メニューの開発の時に怪我したんだったなぁ。

ふと右手に目を向けた。

数十年ぶりのことだった。

この傷は美容室が順調だった時だったなぁ。

彼は、右腕の中の自分の経験を初めてじっくりみたのだ。

実は、何もなくなったと思った瞬間から、たくさんの「ある」ものが見えてきた。

彼には豊富な経験も、知識もあったのだ。

幸せはここにあったのかもしれない。

もう少し頑張ってみようかな。

固まった体を意識的に右に傾ける。

右側の景色はこんな風になっていたのか。

世界が変わったような気がしていた。

程なく氷河期がきた。

彼の経験や知識がみんなを支えている。

あるものの数は少なくなったが、「ある」ということに満ち足りているのは初めてだった。

”L”と呼ばれていた彼は今、愛すべき傷を負った右腕のRIGHTと本当の名前、Rionの頭文字をとって、

”R”という愛称で呼ばれている。