Armchair theorist prince

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『頭でっかちな王子』

彼は、とても真面目だ。

裕福な家に生まれた彼は、幼少期からたくさんの本を読んだ。

偉い人の伝記や、科学の本。哲学書や経済学の本。

時には詩集や漫画も読んだ。

名門と呼ばれる学校へも行った。

ツルッとした綺麗な容姿と裕福な家柄。

いつしか彼は”王子”と呼ばれるようになった。

そんな肩書に彼は、ちょっと照れ臭さを感じつつ、少し誇らしくもあった。

頼りにされる彼のもとには、相談ごとも寄せられる。

「俺、ミュージシャンで成功できるかな。」

彼は、真面目に考える。

2,3日くれるかな。

そう言って彼は、分析に没頭する。

その結果、ミュージシャンで成功する確率の低さを切々と説くのだ。

具体的な数字とともに。

しかし、彼はコミュニケーション術だって知っている。

もちろん、嫌われないように配慮しながら、それを伝えるのだ。

結局、ミュージシャンをやる方が良いのか、悪いのか。よく分からないまま話は終わってしまう。

そんなことが続き、彼は、”頭でっかちな王子”と陰で言われるようになった。

知識があるが故に、彼の優柔不断さはどんどん加速していった。

あの場面でこう言ったら、責任問題が…いや、人権の問題も発生しそうだし…

そもそも、そこまで踏み込んで良いものなのだろうか…

不名誉な肩書をもらった彼は、もはやどうすれば良いのか分からず途方に暮れ、道にうずくまっていた。

自分では分からなかったが、ひどく震えていたようだ。

すると、彼の肩に一枚の布がかけられた。

そこには、少しお年を召しているであろう女性が立っていた。

「差し上げます。寒そうでしたので。」

上品にそう言った彼女は、そのまま去っていった。

お世辞にも綺麗とは言えない、継ぎはぎだらけのその布。

それを肩にかけながら、彼は混乱していた。

混乱の中、彼は分析を始めた。

新手の詐欺だろうか。いや、請求はどうする?

GPSのチップが埋め込まれていて、住所を特定してから請求するつもりか?

この布は高級ブランドものなのか?んーしかし、ロゴはあるけど知らないブランドだ。

しかも、今この布を捨ててしまえば私の居場所は特定できないし。詐欺としてはお粗末か。

今の気温は18°c。そんなに寒くないのに、私は寒そうだったのだろうか。

この布を私にかけて笑い者にするつもりだったのでは?ひどい人だ。

何か彼女にとってメリットがあったのだろうか…

何時間経ったのだろう。

ひとしきり彼は思いを巡らせた後、急に自分が滑稽に思えてきた。

いくら考えても他人の心は分からないんだなぁ。

自分の心を見つめてみたら、答えは単純だった。

嬉しかった。温かかった。

みすぼらしいと感じていたその布は、よく見ると丁寧に繕われていた。

破れては布を選び、重ね、そして、手で縫われていたことがわかった。

ありがとう。勇気が出た。

その日から彼は、その布をまとうようになった。

「あいつ、どうしちゃったの?」

陰でささやかれる声だって、もちろん聞こえる。

でも、不思議とそんな他人の反応は気にならなくなった。

そして、自分の意見を真っ直ぐに伝えれるようになった。

それが、世間の物差しと違っていたとしても。

しばらく経って、あのミュージシャンを目指していた相談の主は、実家の小さな居酒屋を継いだ。

居酒屋の大将は隅で、ギターを弾いている。

「”頭でっかちな王子”のお陰で、間違った道を歩んじまったな。」

笑いながら彼に語りかける。

昔より継ぎはぎの増えた布をまとった彼は、そのギターを聴きながら、お酒を飲んでいる。

”今”が奏でられている、そのギターの音色だけを感じながら。