38代目の鹿

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鹿は思い出していた。

あの日、とても小さな熊に相撲で負けたことを。

でも、この勝負には、裏があった。

そう、彼はこの時、ワザと負けたのだ。

彼の一生はこの時大きく変わった。

彼は、相撲の名家に生まれていた。

彼はその38代目だった。

立派なツノを持ち、力も強かった。

相撲で負けることなど無かったし、それは許されなかった。

彼には、負ける気もなかった。

もちろん、頂点を目指していた。

そんな彼に迷いが生じたのは、ある歌が聞こえた時だった。

それはそれは下手くそな歌で、歌詞もめちゃくちゃ。

なんだなんだって感じ。

世の中のランキングで言えば、最下位だと言っても過言ではなかった。

しかし、彼は感じていた。

た、楽しそう…

楽しさランキングで言えば、トップだろうな。

その日から彼は、迷っていた。

厳しい稽古を続け、立派なツノを大事に磨き、積み重ねたその先に何があるのか。

一日一日が辛くて、一瞬一瞬が苦しくて、この人生を望むべきだったのか。

彼の一族は、みんな、必死で生きてきていた。

でも…

彼の迷いは深くなっていった。

そんな中、とても小さな熊に出会った。

とても非力そうで弱そうな熊だった。

その熊は、相撲を愛し、楽しんでいるように見えた。

勝負を楽しむか…そんなことしばらくなかったな。

自分がいつも見ていたのは、勝負ではなく、その先どうなるか、だけだったのかもしれない。

負けた。

と思った。

そう思った時、鹿は、自ら地面へと倒れ込んだ。

負けることを許されなかった鹿。

地面へとついた自慢のツノはグニャリと曲がってしまった。

初めて見る地面から見る空。

あー楽しい…

彼の毎日は、一瞬で楽しい日々へと変わった。

一日一日が楽しくて、一瞬一瞬が面白い。

何で人生が変わるか、分からないもんだな。

彼は、あの歌がなんだったのか必死で調べ始めたのであった。